今月の症例


問題:70代 男性
主訴:右鼻腔から鼻出血があり評価目的に当院受診
下記の画像から想定される疾患はなんでしょうか?

図1 単純CT検査 水平断像
a:蝶形骨洞レベル, b:aより頭側, c:bより頭側、d:cより頭側

 

 

 

 

図2 造影CT検査 水平断像
a:蝶形骨洞レベル, b:aより頭側, c:bより頭側、d:cより頭側

 

 

 

 

図3 造影CT検査

 

 

 

図4 MRI検査
a:T1 weighted imaging (WI) 矢状断像 蝶形骨洞レベル, b:T2WI 矢状断像 蝶形骨洞レベル,

c:T1WI 矢状断像 下垂体後葉レベル,d:造影後T1WI 冠状断像
海綿静脈洞レベル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図5 T1WIダイナミック造影下垂体MRI検査 冠状断像

 

 

 

 

 

 

 

 

 


解答 下垂体腺腫 (macroadenoma) 

解説

70代男性の鼻出血の症例です。当初は蝶形骨洞の腫瘤性病変が疑われCT検査、MRI検査が施行されましたが形態や進展形式から下垂体病変が疑われました。手術の結果、下垂体腺腫(プロラクチン産生性)と診断されました。

図6 正常下垂体 MRI検査での構造評価

a:T1WI 矢状断像
b:T1WI 冠状断像
c:T1WI 水平断像

 

 

 

 

 

 

 

画像所見の解説です。まずはMRI検査で正常下垂体の構造をお示しします(図6a)。下垂体はおおまかに前葉と後葉、下垂体柄からなります。
下垂体前葉(図6a赤色)は腺性下垂体の大部分を占め、一部下垂体柄を構成します。T1WIでは通常は中等度信号で造影後では強く造影されます1)
下垂体後葉は視床下部の神経末端により構成され、T1WIでは高信号として描出されます(図6a,c白矢印)。これは後葉ホルモンであるバゾプレシンの濃度に相関するとされ、高信号が消失した場合は中枢性尿崩症など異常が疑われます1)
下垂体柄(図6a,b黄色矢印)は下垂体後葉と連続する漏斗茎からなる構造です。径は4mm以下とされ、T1WIでは脳実質と同程度、造影後は下垂体後葉と同じく早期から造影効果が見られます1)
海綿静脈洞部(図6b橙色)は下垂体を取り囲み、複数の静脈路や内頸動脈(図6b青矢印)、脳神経が存在しています。下方には蝶形骨洞が存在しており、下垂体病変の進展を評価する上で重要な部位となります。

今回の症例は蝶形骨洞から鞍上部に連続する腫瘤性病変です(図7a,d)。内部の造影効果は比較的均一で左海綿静脈洞に進展して見えます(図7b,c橙矢印)。蝶形骨洞の悪性病変による浸潤、あるいは下垂体病変が疑われMRI検査が施行されました。

図7 造影CT検査 腫瘍の部位と進展

a:水平断像 蝶形骨洞レベル b:aより頭側,
c:冠状断像 鞍上部レベル  d:矢状断像 鞍上部レベル

 

 

 

 

MRI検査では病変はTWIで脳実質と等信号、T2WIでは内部に一部高信号域が見られます(図8b橙色矢印)。下垂体柄は右側に偏位しており(図8c黄矢印)、正常下垂体を右側に圧排する下垂体病変が示唆されます。MRI検査でも左海綿静脈洞部に進展が疑われました(図8d赤矢印)。また、ダイナミック造影MRI検査では比較的均一な漸増性の強い濃染が見られます(図5)。

図 8 MRI検査 腫瘍部位と進展

a:T1WI 矢状断像 蝶形骨洞レベル  b:T2WI 矢状断像 蝶形骨洞レベル,
c:造影後T1WI 冠状断像 下垂体柄レベル d:造影後T1WI 冠状断像 海綿静脈洞レベル

 

 

 

下垂体腺腫(macroadenoma)は脳腫瘍の10-20%を占める比較的高頻度の疾患です。ホルモンを分泌する機能性腺腫と分泌しない非機能性腺腫に分かれています。1cm未満の腺腫をmicroadenoma、1cm以上の腺腫はmacroadenomaと分類しています1)。また、今回症例のように副鼻腔や上咽頭に進展するものは下垂体腺腫の0.8%程度であり、鼻出血や鼻閉などを初発として耳鼻咽喉科を受診する例も見られます2)

画像所見はT1WIで正常下垂体と比較して等信号から低信号、T2WIでは変性や出血、梗塞などで症例により様々な信号を呈します。

下垂体腺腫は造影検査で全体的によく造影されます。microadenomaは微小な病変ですが、正常下垂体よりも造影ピークが遅れます。そのため、ダイナミック造影MRI検査では造影剤投与後1-2分に正常下垂体より低信号となることで検出することが可能です1)

一方macroadenomaは信号や造影効果は上記に準じますが、存在診断に加えて周囲への広がりや正常下垂体の位置の同定が重要となります。
今回症例の図9aでは正常下垂体後葉が右側に偏位していることが分かります。また、図9bでは下垂体柄も右側に偏位しており前葉は不明瞭ながら、正常下垂体が右側に偏位して存在することを示唆しています。
図9cでは左内頸動脈周囲に造影効果を伴う腫瘤性病変の進展が見られます。腫瘍が内頸動脈を取り囲む比率(2/3以上を取り囲むなど) 1)や外側接線を越えていること3)などが浸潤を示唆するとされ、全切除できる可能性が低くなります。今回症例では腫瘍が左内頸動脈を取り囲む範囲は半周程度となります。
手術所見では正常下垂体は右側に存在しており、内頸動脈周囲への強い浸潤なく腫瘍も全摘出できました。画像所見から得られる情報と合致していました。

図9 正常下垂体の位置と下垂体病変の進展
a:T1WI 水平断像, b:造影後T1WI 冠状断像, c:造影後T1WI 冠状断像 bより腹側

 

 

 

 

症例のポイント

① 鞍上部から蝶形骨洞に進展する腫瘤では下垂体病変も考慮される

② 鼻出血を主訴とする場合もある

③ ダイナミック造影検査で漸増性の濃染(正常下垂体よりは造影ピークは遅い)

④ macroadenomaでは正常下垂体の同定と周囲進展が重要

鼻出血を主訴とした下垂体腺腫(macroadenoma)の1例でした。

【参考文献】
三木幸雄, 佐藤典子 編, 下垂体の画像診断, メジカルビュー社, 2017
細川誠二. 耳鼻咽喉科・頭頚部外科. 2011; 83:233-236
Knosp E, et al. Neurosurgery. 1993; 33:610-618

今月の症例 


問題:40代 女性
主訴:左母趾の爪部疼痛あり当院に紹介受診
下記の画像から想定される疾患はなんでしょうか?

図1 足部単純写真
a:単純写真 正面像,
b:単純写真 斜位像

 

 

 

 

 

 

 

図2 足部MRI検査
a:T2強調像 矢状断像,
b:T1強調像 矢状断像,
c:Short tau inversion recovery:
STIR像 矢状断像,
d:脂肪抑制T1強調像 矢状断像

 

 

 

 

 

 

 

 

図3 足部MRI検査
a:T2強調像 水平断像,
b:STIR像 水平断像,
c:Diffusion weighted imaging (DWI) 水平断像,
d:Apparent diffusion coefficient map (ADC map) 水平断像

 

 

 

 

 

 

 

 

図4 足部MRI検査 a:T2強調像 矢状断像, b:T2強調像 水平断像,
c:STIR像 矢状断像, d:STIR像 水平断像

 

 

 

 

 

 

 

 

 


解答 グロムス腫瘍

解説

40代女性、左母趾爪部痛が持続するため当院に紹介受診となりました。肉眼では爪部の病変の同定が困難であり、検査所見や臨床症状からグロムス腫瘍が疑われました。手術が施行され、グロムス腫瘍の診断となっています。
単純写真(図1)では明らかな所見は指摘できませんでした。
足部MRI検査では母趾爪部直下に結節構造が描出されています(図2、3橙矢印)。T2強調像では高信号(図2a)、T1強調像では低信号(図2b)、STIR像では高信号(図2c)で脂肪抑制T1強調像では皮下組織とほぼ等信号(図2d)です。また、DWIで高信号(図3c)、ADC map(図3d)では軽度低信号が見られ、漿液性の嚢胞病変ではありません。超音波検査で内部血流が見られ、MRI検査所見とあわせてグロムス腫瘍が疑われました。
グロムス腫瘍はグロムス体に類似した平滑筋様細胞の組織からなる間葉系腫瘍で基本的には良性腫瘍です。グロムス体とは血管周囲に存在する微小な動静脈シャントのことで温度調整機能を有し、指趾、鼻などの真皮や爪下に多く存在します。グロムス腫瘍の頻度は2%以下と稀で比較的若年女性に多く、爪下に発生するものは圧倒的に女性が多いとされます1)
グロムス腫瘍の画像所見はMRI検査ではT2強調像で強い高信号、T1強調像で低信号、造影検査で強い造影効果を呈する事が特徴です。今回症例では造影検査のかわりに超音波検査で内部血流が確認されています。単純写真やCT検査では腫瘍と隣接する骨に侵食像を呈することが知られています2)

当院の右環指末節骨に生じたグロムス腫瘍(図5a緑矢印)の症例では、単純写真で末節骨が圧排(図5b黄色矢印)、腫瘍による骨侵食像(図5c白点線)が見られました。健側では同所見は見られません(図5c)。
鑑別は爪下ガングリオンで、内部の造影効果が見られない場合はガングリオンと診断されます。
治療は切除です。根治のためには完全切除が必要であり、術前のMRI検査や超音波検査での位置や範囲の評価が重要となります3)

 

図5 右環指末節骨に接するグロムス腫瘍による骨の侵食像

a:STIR像 冠状断像, b:患側末節骨 単純写真,
c:患側末節骨(腫瘍シェーマ) 単純写真, d:健側末節骨 単純写真,

 

 

 

 

 

 

症例のポイント

症例のポイント

① 持続する爪部痛(特に女性)

② T2強調像で高信号、T1強調像で低信号な結節構造

③ 造影検査や超音波検査で内部血流を確認する

④ 腫瘍に隣接する骨の侵食像が見られることがある

⑤ 根治には完全切除が必要であり画像検査での位置や範囲の把握が重要となる

 

足趾に生じたグロムス腫瘍の1例でした。

【参考文献】

1) 福田 国彦 編, 軟部腫瘤の画像診断-よくみる疾患から稀な疾患まで- 画像診断増刊号, 秀潤社, 2016;36:s154-155

2) Kira M, et al. RadiogGraphics. 2014; 34:1954-1967

3) Baek HJ, et al. RadiogGraphics. 2010; 30:1621-1636

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今月の症例 2023.9月号掲載


問:10代 女性
発熱、咳嗽あり肺炎の診断で抗生剤加療されていたが解熱せず。
既往:特記事項なし
下記の画像から想定される疾患はなんでしょうか?

 


解答・解説

解説
10代女性の肺結核の症例です。発熱が続き、抗生剤投与でも改善せず当院に紹介受診となりました。周囲に明らかな結核感染者はおらず、感染経路は不明です。胸部単純写真で右上肺野に浸潤影がみられ、両側肺に結節影もあり初診時は肺炎が疑われました(図1)。
1ヶ月後、浸潤影は淡くなっているものの症状改善しないためCT検査が施行されています(図2,3)。CT検査では右上葉肺尖部付近に不整な空洞状構造(図4a 橙色矢印)が認められ、周囲や中葉、舌区、両側下葉にコンパクトな粒状構造が散見されます(図4a 黄枠)。分布や所見から典型的な二次結核と考えます。
CT検査所見と合わせて単純写真の所見を解説します。右上肺野の浸潤影に囲まれた部分が空洞を示唆する所見です(図5a,b 黄枠、黄矢印)。さらに、微小な結節影が散見されます(図5a,c 橙色矢印)。単純写真で右肺尖部の空洞構造や結節影を指摘出来るかが今回症例での重要なポイントとなります。空洞性病変は気道末梢の結核病変の乾酪壊死により液状化が起こり、癒合することで形成されます1)。その過程で乾酪壊死した成分が気管支を充填し樹枝状構造と周囲のつぼみ状の構造が形成されます。CT検査では末梢肺の細やかな分枝状構造として見られ、tree-in-bud appearanceと表現されます1)(図6)。治療後では空洞構造は残存しているものの周囲の浸潤影や粒状構造は改善が見られました(図7)。

症例のポイント

①両側上肺野主体の空洞構造や粒状影 (胸部単純写真)
②持続する咳嗽、発熱
③周囲の結核感染者の存在
④CT検査での空洞構造の確認、コンパクトな粒状構造、tree-in-bud appearance

結核は一般的な病気ですが想定されていない場合は診断に苦慮することもあります。胸部単純写真の所見が重要となる症例でした。

【参考文献】
1)高橋雅士, 新 胸部画像診断の勘ドコロ, 第3版, メディカルビュー社, 2014年, 結核と非結核性抗酸菌症における画像診断のABC: 160-166.

今月の症例 2023年6月号掲載


問題:90代 男性   主訴:意識障害
来歴:道で倒れているところを発見され救急搬送となった
画像から想定される疾患はなんでしょうか?

図1:頭部MRI検査
a:T2 Weighted Imaging (WI)
b:Fluid Attenuated Inversion Recovery (FLAIR)像
c:T2*像
d:拡散強調像(Diffusion Weighted Imaging: DWI)
e:Apparent Diffusion Coefficient map (ADC map)
f:Magnetic Resonance Angiography (MRA像)

図2:頭部MRI検査 DWIの連続画像
a:DWI 放線冠
b:DWI 基底核上部
c:DWI 基底核中部
d:DWI 基底核下部


解答・解説

解答:低血糖脳症

解説

90代男性の意識障害の症例です。来院時血糖は13 mg/dlであり、画像所見や臨床症状と合わせて低血糖脳症の診断となりました。
頭部MRI検査ではDWIで被殻や尾状核に左右対称性に高信号域が認められ、ADC mapでも明瞭な信号低下が見られます。T2WIやFLAIR像でも淡い高信号として描出されています(図3:黄矢印)。また、脳溝に沿った皮質にも拡散強調像で淡い高信号域が見られます(図3:橙矢印)。T2*像では出血所見は指摘できず、MRA検査でも動脈瘤や狭窄所見は指摘できませんでした(左前大脳動脈は一部低形成です)。
拡散強調像の連続画像では側脳室周囲白質から被殻や尾状核、両側内包後脚に沿って高信号域が認められます(図4:黄矢印)。こちらも皮質に沿った高信号域が見られます(図4:橙矢印)。
低血糖による脳障害は糖尿病患者でのインスリン等の薬物使用時などに生じます。症状は脱力や錯乱、性格変化、痙攣など様々で意識障害や昏睡を呈する場合もあります。
低血糖脳症では以前は灰白質 (主に皮質や線条体、海馬) に病変が多いとされていましたが、現在では白質病変が灰白質病変より早期に高頻度に生じると考えられています1)。白質病変では内包などに限局する場合とびまん性に広がる場合があります。病変は左右対称性が多く、稀に片側性の症例もみられます。
病変は拡散強調像で最も早期に検出され、通常はADC mapで信号低下を伴います。機序としては細胞外から細胞内への一過性の体液の移動と考えられています2)。血糖改善に伴いADC mapが正常化する可能性が示唆されている報告も見られます3)。T2WIやFLAIR像でも高信号を示すこともあり、造影効果は認められないことが多いです。
病変の信号変化は内包に始まり、半球の白質に広がります。発症早期に拡散強調像を施行した低血糖患者では約1/3の症例で内包に限局した高信号域が認められ、びまん性白質病変を呈した例よりも予後が良いとされている報告があります4)5) (当院での内包後脚に限局した症例:図5)。参考症例では速やかに血糖値や意識障害は改善し、拡散強調像の所見も経時的に消退しました(図6)。
鑑別は低酸素脳症です。同様の画像所見を認める場合があるものの、低血糖脳症は視床、脳幹、小脳が保たれる点が鑑別点となります。今回症例でも視床や小脳には信号変化は認められませんでした。

症例のポイント
① 低血糖や糖尿病既往
② 早期からの白質病変、内包に限局した症例では予後良好
③ 拡散強調像で高信号、ADC mapで信号低下 (T2WIで高信号となることも)
④ 低酸素脳症との鑑別点:低血糖脳症は視床、脳幹、小脳が保たれる

低血糖脳症の症例でした。

【参考文献】
1)酒井 文和ら: 画像から学ぶびまん性肺疾患. 克誠堂, p.158-159, 2018.
2)Rosenberg M, et al. American Journal of Medicine. 1978; 64:599-604
3)Asano K, et al. Journal of Allergy and Clinical Immunology. 2020; 147:1261-1268
4)Nguyen ET. Radiology. 2003; 227:453-454
5)Mukherji SK. Radiology. 1998; 207:417-422
6)Agarwal R, et al. Public Library of Science ONE. 2013; 8:e61105

今月の症例(2023年3月掲載)


問題:40代 男性   主訴:1ヶ月継続する咳嗽  既往:喘息
画像から想定される疾患はなんでしょうか?

図1:胸部単純写真 正面像

図2:胸部単純CT検査
a:肺野条件 水平断像        b:縦隔条件 水平断像
c:縦隔条件 水平断像(bより尾側) d:縦隔条件 冠状断像

解答と解説

解答:アレルギー性気管支肺アスペルギルス症
(allergic bronchopulmonary aspergillosis:ABPA)

図3:胸部単純写真 正面像 拡大

図4:胸部単純CT検査(拡大)

図5:胸部単純写真での特徴的なサイン:Finger in glove sign

<解説>
40代男性の持続する咳嗽の症例です。
単純写真では、右中肺野で肺門部から中枢側に浸潤影が見られます。一部棍棒状にも見える陰影も内部に見られます(図3:黄矢印)
CT検査所見では右上葉にconsolidationと周囲に気道散布性の陰影が見られます(図4:黄矢印)。さらにこの症例で特徴的な所見として、consolidation内に高吸収な線状の構造が認められます(図4:青矢印)。この所見は気管支内を鋳型状に占拠する高吸収な粘液栓を反映したものです。

ABPAはアスペルギルス抗原に対する過敏性反応であり、喘息を有する患者に見られます。アスペルギルスに特異的なIgEが関与するI型アレルギー反応とIgGが関与するⅢ型アレルギー反応が病勢において重要な役割を果たすと考えられています1)。
ABPAの診断は画像所見や血清学的検査などで診断されます。診断基準としては古典的なRosenbergらの診断基準2)が用いられてきましたが、現在は日本医療研究開発機構よりアレルギー性気管支肺真菌症の新たな診断基準が提唱されています3)。以下のうち6項目以上を満たしたものをアレルギー性気管支肺真菌症として診断します。
①喘息の有無
②末梢血好酸球数上昇≧500/mm3
③血清IgE値の上昇≧417mm3
④アスペルギルスなど糸状菌に対する皮膚テスト即時型反応または特異的IgE陽性
⑤アスペルギルスなど糸状菌に対する沈降抗体や特異的IgG陽性
⑥喀痰や気管支洗浄液で糸状菌培養陽性
⑦粘液栓内の糸状菌染色陽性
⑧CT検査で中枢側の気管支拡張
⑨CT検査や気管支鏡で中枢気管支内粘液栓
⑩CT検査で高吸収な粘液栓

本症例では喘息既往と好酸球、血中IgE値の上昇、特異的IgE陽性(アスペルギルス)、CT検査での中枢側の高吸収粘液栓からABPAと診断されました。
ABPAの画像所見では、胸部単純写真で気管支内粘液栓を反映した棍棒状陰影がFinger in glove signとして知られています4)。本症例でも右中肺野の粘液栓の棍棒状陰影が手袋状のようにも見えます(図5) 。
その他、診断基準にも示されているようにCT検査で中枢側気管支を鋳型状に占拠する高吸収粘液栓も特徴的な所見です(図4:青矢印)。
アレルギー性真菌性副鼻腔炎など真菌アレルギーでは病変部が高吸収になることが知られており、凝集した鉄やマンガンなどの重金属、カルシウム、濃縮された分泌物などを反映しています5)。
同様の理由でABPAの粘液栓も高吸収となると考えられており、この所見の感度は39.7%、特異度は100%とされています6)。

症例のポイント
①喘息の既往
②胸部単純写真での特徴的なサイン:Finger in glove sign
③CT検査で気管支内の高吸収粘液栓

ABPAの症例でした。

【参考文献】
1)酒井 文和ら: 画像から学ぶびまん性肺疾患. 克誠堂, p.158-159, 2018.
2)Rosenberg M, et al. American Journal of Medicine. 1978; 64:599-604
3)Asano K, et al. Journal of Allergy and Clinical Immunology. 2020; 147:1261-1268
4)Nguyen ET. Radiology. 2003; 227:453-454
5)Mukherji SK. Radiology. 1998; 207:417-422
6)Agarwal R, et al. Public Library of Science ONE. 2013; 8:e61105

今月の症例(2022年12月号掲載)


問題:90代 女性   主訴:昼食後からの右下腹部痛 下記の画像から想定される疾患はなんでしょうか?

図1:単純・造影CT検査
a:単純CT検査 水平断像 胆嚢下部  b:造影CT検査 水平断像 胆嚢上部
c:造影CT検査 水平断像 胆嚢中部  d:造影CT検査 水平断像 胆嚢下部

図2:造影CT検査 胆嚢の冠状断像
a:冠状断像① b:冠状断像②(aよりも背側)

図3:Magnetic resonance cholangiopancreatography (MRCP) 検査
a:T2 Weighted Imaging (WI) 冠状断像 b:MRCP maximum intensity projection (MIP)
c:T2WI冠状断像(aより背側)    d:Fat Saturation(FS:脂肪抑制)T1WI

解答と解説

解答:胆嚢捻転

図4:単純・造影CT検査
a:造影CT検査 冠状断像
b:単純CT検査 水平断像 胆嚢下部
c:造影CT検査 水平断像 胆嚢下部

図5:MRCP検査
a:T2WI b:MRCP MIP  c:T2WI冠状断像(aより背側)  d:FST1WI

図6:遊離胆嚢のGross分類

図7:画像と対比した胆嚢捻転のシェーマ
a:T2WI冠状断像 b:胆嚢捻転のシェーマ像

90代女性で急性発症の腹痛の症例です。
CT検査画像では、図4aで腫大した胆嚢が認められます(緑矢印→)。胆嚢頚部は肥厚しています(橙矢印→)。図4bでは胆嚢壁の一部が高吸収となっており、壁内の微小出血などを反映した所見と考えられます(黄矢印→)。
図4c では同部位の壁構造や造影効果はやや不明瞭です(青矢印→)。
MRCP 検査では図5aで胆嚢内腔がくちばし状に変形しており、図5b で胆嚢管の構造ははっきりしません(共に青矢印→)。
図5cでは頚部は T2WI で低信号となり渦巻き状にも見えます(黄矢印→)。また、胆嚢は肝臓と離れて存在しています。
図5d では、単純 CT 検査で見られた高吸収域(図4b)に一致して高信号域(橙矢印→)が見られます。FS T1WI で高信号であり、CT検査所見と合わせて胆嚢壁内出血として矛盾しない像と考えます。
胆嚢腫大、壁内出血や頚部の肥厚と渦巻き状所見より、胆嚢捻転を疑いました。
その後、手術となりました。術中では肝床部から完全に遊離した胆嚢が360°捻転しており、胆嚢捻転と診断されています。

胆嚢捻転は先天的要因として遊離胆嚢と呼ばれる状態に亀背や側弯、るい痩、打撲など物理的要因が加わることで発症します。
高齢女性に多く、急性発症の右季肋部痛で腫瘤様構造を触知することも多いとされています1)。
遊離胆嚢とは胆嚢が肝床部に付着せず離れて存在する状態を指し、Grossの分類(図6)が知られています2)。Ⅰ型は胆嚢と胆嚢管が間膜で肝下面と連結しているものでⅡ型は胆嚢管のみが間膜で肝下面に連結しているものと分類されています。Ⅰ型は不完全な捻転が多く、Ⅱ型は本症例のように、180°以上捻転する完全型が多いとされます。ただし、間膜は画像上同定できず画像からGross分類を判別することは困難です。
胆嚢捻転の画像所見は 胆嚢壁肥厚や腫大、偏位がみられ、さらに胆嚢頚部の渦巻き像 (whirl sign) が見られれば診断の重要な所見となります(図7) 3)。その他、胆嚢管の途絶や胆嚢壁の虚血性変化も胆嚢捻転を示唆する所見となります。
捻転の程度により静脈のみが閉塞し、胆嚢のうっ血所見が中心となることもあるため、超音波検査などで動脈の血流が残存していても注意が必要です。
この症例のように特徴的な画像所見であれば診断が可能ですが、一般的には術前診断が可能な例は約10%とされ診断に苦慮する場合もあります4)。

症例のポイント
① 高齢女性の急性腹症
② 遊離胆嚢
③ 胆嚢頚部の渦巻き状所見 (whirl sign) 、胆嚢管の途絶、胆嚢腫大や偏位
④ 一般的な術前診断が可能な例は約10%

胆嚢捻転の症例でした。

【参考文献】
1)山下 康行ら: 肝胆膵の画像診断-CT・MRIを中心に- 改訂第2版. 秀潤社, p.516-517, 2022.
2)Gross RE. Archives of Surgery. 1936; 32:131-162
3)Tajima Y. The American Journal of Surgery. 2009; 197:9-10
4)Baig Z, Ljubojevic V, Christian F. Internal journal of Surgery Case Reports. 1936; 32:131-162

今月の症例(2022年9月号掲載)


問題:70代 男性
主訴:3ヶ月前から腰痛
下記の画像から想定される疾患はなんでしょうか?

図1:造影CT検査
a:L3椎体レベル, b:骨条件矢状断像, c:冠状断像, d:骨条件冠状断像

図2:腰椎 MRI検査
a:脂肪抑制T1強調像, b:造影後脂肪抑制T1強調像, c:拡散強調像, d: ADCmap

図3:腰椎 MRI検査
a:T2強調像冠状断像 b:造影後脂肪抑制 T1強調像冠状断像

 

解答と解説

解答:化膿性椎体炎、椎間板炎からの左腸腰筋膿瘍

図4:造影CT検査
a:L3椎体レベル, b:骨条件矢状断像, c:冠状断像, d:骨条件冠状断像

図5: MRI 検査
a:造影後脂肪抑制 T1強調像冠状断像,b:拡散強調像, c:ADC map

図6: 化膿性椎体炎 感染の広がり

3ヶ月ほど持続した腰痛の症例です。
造影CT検査では図4a、図4c黄色矢印←部分で腸腰筋内に嚢胞状構造が認められます。内部には一部石灰化もみられます。図4b 、図4d 橙矢印←では L2椎体に破壊性変化が認められます。
MRI 検査(図2)では、上記病変は脂肪抑制 T1強調像で背側が高信号、造影後脂肪抑制 T1強調像で辺縁部が造影され、拡散強調像では背側が高信号、 ADC map では背側が信号低下しています。冠状断像(図3)では T2強調像で内部は高信号、造影後 T1強調像冠状断像では、辺縁部が造影され内部には隔壁構造も見られます。また T2強調像冠状断像では L1/2椎間板に高信号域が認められます。
図5では分かりやすいようにMRI所見にアノテーションをつけています。図5aでL1、2椎体間より連続する(黄色矢印←)嚢胞構造が腸腰筋内に見られます。内部には隔壁を伴っています(緑矢印←)。図5b拡散強調像では背側主体に高信号域が認められ、図5cのADC map では同領域の信号が低下しており、粘稠度の高い成分が存在していると考えます(橙矢印←)。腸腰筋内の嚢胞状構造は画像所見から膿瘍と考えられました。
以上の所見より、L1、2椎体を主体とした化膿性椎体炎、椎間板炎からの左腸腰筋膿瘍形成と診断しました。
CT ガイド下でドレナージを施行し黄色ブドウ球菌による感染が確認されました。その後、膿瘍腔は縮小、改善が得られました。

化膿性椎体炎は脊椎椎体及び接する椎間板の炎症であり、起炎菌は黄色ブドウ球菌が最多です。小児と中年から高齢者(50~60代)に多くみられます。好発部位は、腰椎>胸椎>頚椎の順です。原因としては、脊椎外の感染巣から生じた敗血症によることが多いとされています1)。
血管が豊富で血流の終末部に当たる終板に接する①前軟骨下層に菌が付着し、その後に②椎間板、椎体や③前縦靭帯、傍椎体軟部組織に感染が広がります(図6) 1)。その過程で腸腰筋にも膿瘍を形成します。
画像所見ですが MRI 検査では椎間板は T2強調像で高信号となり、椎間板隙の狭小化、椎体の圧潰が認められます。傍椎体領域には75%で椎体周囲に液体貯留を呈するとされており、多くは膿瘍です1)。膿瘍の診断には拡散強調像、造影 MRI 検査が有用です。拡散強調像で高信号、 ADC map で信号が低下していた場合は粘稠度の高い液体貯留であると想定できます。造影後に内部に造影効果を伴わないことが確認できれば、腫瘤性病変ではなく膿瘍が疑われます。
また、CT検査では椎体の破壊性変化の評価や膿瘍の進展範囲の評価が可能です。

鑑別は結核性脊椎椎間板炎です。化膿性椎体炎では罹患椎体は2椎体までであり、3椎体以上の椎体への進展は稀とされています。一方で結核性椎体椎間板炎は3椎体以上の椎体への進展がみられ、胸腰椎移行部が好発部位です。
また結核性では腰筋の筋膜に沿って粗大な膿瘍を形成することがあり、慢性期では内部に石灰化が生じるとされています(冷膿瘍)2)。今回症例では膿瘍は比較的大きく、内部に石灰化があったものの培養結果からは結核菌は検出されませんでした。

症例の鑑別ポイント
① 2椎体までの罹患椎体、破壊性変化
② 化膿性椎体炎は腰椎>胸椎>頚椎
③ 椎体/椎間板のみならず筋肉内も含めた傍椎体領域も評価が必要
④ 結核性は3椎体以上、胸腰椎移行部に好発、内部石灰化

化膿性椎体炎、椎間板炎と腸腰筋膿瘍の1例でした。

参考文献】
1) 柳下 章: エキスパートのための脊椎脊髄疾患のMRI 第3版. 三輪書店, p.416-425, 2015.
2) 福田 国彦:ステップアップのための骨軟部画像診断-Q&Aアプローチ-. 秀潤社, p.142-145, 2015.

今月の症例(2022.6月号掲載)


問題:80代 男性
主訴:大動脈解離の経過観察中の偶発的所見
下記の画像から想定される疾患はなんでしょうか?

図1:単純CT検査副腎レベル
a:今回CT検査 副腎レベル b:4ヶ月前CT検査 副腎レベル

図2:腹部 MRI検査
a:T1WI(weighted image)opposed phase b:T1WI in phase c:T2WI
d:拡散強調像 e:ADCmap f:opposed phase 冠状断

解答と解説

解答:右副腎原発リンパ腫 B-cell lymphoma

大動脈解離の経過観察中に出現した右副腎腫瘤の症例です。
4ヶ月前のCT検査では副腎には腫瘤は見られず、短期間で出現、増大する4cm大の腫瘤(図1)であり、内部は均一で境界明瞭です。
MRI検査所見ではT1WI opposed phase 、T1WI in phaseで脂肪含有を評価します。両者は chemical shift imaging と呼ばれ、in phase と比較して opposed phase で信号が低下していた場合、脂肪が含有しているものと考えられます。今回検査では、opposed phase で信号低下なく脂肪の含有は認められませんでした。 T2WI では腫瘍は筋肉よりも高信号であり、内部は比較的均一です(図2)。
拡散強調像は細胞密度が高い病変や浮腫などで高信号になり、 ADC map ではその程度を数値化して診断することができます。 この腫瘤では、拡散強調像は辺縁部を主体とし、まだらな高信号でADC 値は一般的な基準である1.0×10-3mm2/sよりも低下していました(図3)。
以上の所見より、短期間で出現する腫瘍として副腎腺腫、褐色細胞腫は考えにくく、リンパ腫を鑑別としました。その他、転移性腫瘍や副腎癌も短期間で増大する可能性はありますが、内部が比較的均一な点、転移としては片側である点がやや非典型的です。
手術の結果、リンパ腫と診断されました。

悪性リンパ腫の中で内分泌臓器に初発する頻度は3%とされており、中でも副腎原発例は稀とされています。高齢男性に多く背部痛や季肋部痛など自覚症状を伴い、病理組織学的にはB-cell typeが多いようです1)。

副腎原発リンパ腫は一般的には約半数が両側性とされています2)。周囲への浸潤所見を呈する場合もありますが、副腎内に限局、境界明瞭な病変の場合では画像所見は非特異的となります。両側性であれば転移が、6cmを越える大きな腫瘤の場合は副腎癌も鑑別となり得ます。
今回の重要な鑑別点は拡散強調像とADCmapです。拡散強調像は水分子の動きを画像化したもので、動きが制限された水が存在すると高信号となります。ADCmapは拡散強調像を元にして作成された画像で、水運動の程度を数値化して表示することができます。具体的には拡散強調像で高信号(白)、ADCmapで低信号(黒)として表される部分は動きが制限された水≒細胞密度が高い領域や粘稠性の高い成分と考えられます。
悪性リンパ腫は細胞密度の高い病変であるため一般的にADC値は低い(0.5~0.9×10-3mm2/s)腫瘤であり3)4)、今回症例では0.5×10-3mm2/sと強い低下が見られた(図3)ためリンパ腫に合致する所見でした。ただし、その他の悪性病変でも細胞密度が高い部分ではADC値が低値となる場合もあり診断には注意が必要です。

症例の鑑別ポイント
① 短期間で増大する副腎腫瘤=良性は考えにくい
② 大きさの割に境界明瞭で比較的内部が均一な腫瘤
③ 拡散強調像で高信号、ADC値の低値

右副腎原発リンパ腫という稀な1例でした。

【参考文献】
1) 松岡 隆久. 日本消化器外科学会誌 2005; 38:509-515
2)Khaled M, et al. Radiographics 2004; 24:73-85
3)S Colagrande, L Calistri, et al. Abdominal Radiology 2018; 43:2277-2287
4) 佐藤 修. 悪性リンパ腫, リンパ増殖性疾患-特徴的画像所見と注意点- 画像診断 2019;39:1015-1027

症例(救急CT) 2021.12月号掲載


次の3例に共通するキーワードはなんでしょうか?日本語2文字でご回答ください。

症例1. 70代 男性
腹部膨満が1週間程度持続後、朝食摂取後嘔吐にて近医受診。CT施行後、当院搬送。

症例2. 30代 男性
飲酒後深夜に自転車にて帰宅。
朝腹痛と血尿出現。

症例3. 80代 男性
一過性の左下肢脱力、鼠径部から左上腹部の痛みで来院。
入院2日後背部痛と血圧低下あり。CT撮影。

 


解答と解説

 

解答 “破裂”の2文字です。では症例ごとに解説いたします。

症例1. 70代 男性 腹部膨満 → 診断:胃破裂

A’, B’. 胃小彎側に胃壁の欠損が見られ(黄矢印)、壁外に空気が漏れ出ている(腹腔内遊離ガス)(赤矢印)。門脈ガス(黒矢印)は胃壁のガス(青矢印)が胃静脈を介して門脈へ運ばれたものと推察される。幽門前庭部に異常な胃壁の肥厚がみられ(緑矢印)、通過障害→胃拡張→胃破裂となったと考えられる。胃壁肥厚は胃癌によるものと判明。

 

症例2. 30代、男性 飲酒後深夜に自転車で帰宅 → 診断:膀胱破裂

C’, D’. 膀胱頂部に膀胱壁の不連続が認められる(限局性壁欠損)(黄矢印)。
E’.上記で疑われた壁欠損部(黄矢印)を介して、5時間前の造影CT時に投与され、膀胱へ排泄された造影剤が腹腔内に漏出している(赤矢印)。
F’. 単純写真においても膀胱外へ漏出した造影剤が明瞭(赤矢印)。

症例3. 80代 男性 入院後背部痛と血圧低下 → 診断:大動脈破裂

G’. 腹部大動脈の拡大とそれに連続して層状の低吸収域と高吸収域が認められる(赤矢印)。出血時期の異なる血腫と推察される。

H’. ダイナミック造影CT早期相では大動脈瘤から連続する造影剤の血管外漏出像(黄矢印)が認められ、大動脈破裂と考えられる。

解説

今回は以前と少し趣向を変えて共通のキーワードという形で問題を作成しました。1例目は胃幽門前庭部胃癌(2型)のために幽門狭窄を呈し、食物の通過障害と胃の拡張状態の持続から胃壁の脆弱化、胃内腔の圧の高まりのために胃破裂を呈した症例で、内腔の空気や残渣が腹腔へ漏れ出て腹膜炎を呈し、緊急手術(胃全摘出術施行)となったものです。 手術で胃体部小彎に約9cmの縦走破裂裂傷が認められました。一般的には食道胃接合部や小網に固定され膨張性に乏しい小彎や前壁が破裂しやすいと言われています。
症例2は、泥酔状態での自転車走行に伴う外傷(サドルを股間に強打?)のために膀胱が破裂し、尿が腹腔内に漏れ出たもので、やはり緊急手術となっています。飲酒により膀胱が尿で充満したときに、腹圧が上昇して発生する腹腔内破裂は有名で通常本症例のように膀胱頂部に生じると言われています。
3例目は、大動脈瘤にて他院で経過観察中だった患者さんが切迫破裂から緊急入院となり、一時的には止血していたものの、2日後に再度破裂を呈して、血液が後腹膜へ漏れ出て緊急手術となった症例です。残念ながら、救命はできませんでした。
以上3例は胃、膀胱、大動脈といった異なる臓器が破裂という同じ機転から空気、尿、血液といった異なる内容物が本来存在するべき場所から腹腔内、腹腔内、そして後腹膜など様々な場所に漏れ出たものです。このように1つのキーワードをテーマにした演題は教育的展示として北米放射線学会ではよく演題としてエントリーされ、教育的と思われた演題には星印が演題に貼られ、Radiographics という北米放射線学会が運営する教育目的の雑誌に投稿しても良いというお墨付きを頂けます。ただし、雑誌投稿時には査読が入るため、星印がついても必ず雑誌に掲載されるわけではなく、星印付きであっても厳しい審査で40%は落とされてしまうと言われています。

 

症例(MRI) 2021.6月号掲載


70代 男性
主訴:昼頃からの健忘、記銘力低下

下記の画像から想定される疾患はなんでしょうか?

 

 


解答と解説

解答:一過性全健忘

解説

突然発症の一時的な健忘を生じた高齢男性の症例です。
来院時のMRI検査では海馬領域を含め異常所見は指摘できなかったものの(図1)、来院24時間後のMRI検査では拡散強調像で左海馬に点状の高信号域が見られ、FLAIR像でも淡い信号上昇が見られます。ADCmapでは同領域に信号低下が見られます(図3黄矢印)。一過性全健忘として典型的な所見です。

一過性全健忘は突然発症する一時的な純正健忘に対して命名された臨床的概念です。急性発症の健忘が数時間継続し、数時間から1日かけて徐々に改善します。多くは50-70歳の男性に多く、近い過去に関する全健忘や逆行性健忘を伴います。
診断基準は以下のHodges1)のものが知られています
・発作が目撃され、情報が得られること ・明確な前行性健忘が発作中にあること
・意識混濁や事故の見当識障害がなく、認知障害は健忘に限られること
・発作中に神経症候なく発作後に有意な神経徴候を残さないこと
・てんかんの特徴がないこと      ・発作は24時間以内に消失すること。
・頭部外傷や活動性てんかんがある場合は除外

記憶障害は順行性健忘で発作中の記憶はほとんど残らないものの、それ以外の記憶は回復します2)。この症例でも発作時の記憶以外は回復していました。
一過性全健忘の病態はストレスや疼痛などによる海馬領域の緩徐な血流低下によって生じるものと推測されています3)。

画像所見は海馬CA1領域(図4:黄色矢印 白色部分)に拡散強調像で微少な高信号域が出現することが特徴です。
CA1領域は海馬内回路で記憶統合プロセスに関与する部分であり、同部位の障害が健忘の原因とされています。この領域は上海馬動脈と下海馬動脈の分水嶺領域に位置しており、血行力学的な脆弱性により低酸素や代謝異常を来しやすい部位と考えられています3)。
高信号域は発症当日の6時間以内は34%と検出率が低いものの、24-72時間では75%となり時間経過で検出率が高くなる傾向にあります4)。信号は10-14日後から消退傾向で、1年後には所見が消失することが知られています5)。
本症例でも発症直後のMRI検査では所見がみられないものの(図1)、24時間後のMRI検査では海馬領域に拡散強調像で高信号域が出現しています(図2)。1ヶ月後のMRI検査では同所見は消失(図5)しており一過性全健忘の経過として矛盾しませんでした。

症例のポイント

①意識清明な急性の健忘発作
②拡散強調像での海馬領域の微少高信号
③高信号域は症状から遅れて(24-72時間後)出現することが多い
④高信号域は経過で消退

典型的な画像所見と経過を呈した一過性全健忘の1例でした。

【参考文献】
1)Hodges JR,Warlow CP. Neurology Neurosurgery Psychiatry. 1990; 53:834-843
2) 吉田智子ら. 多根医学会雑誌. 2016; 5:61-65     3)水間啓太ら. 昭和学士会雑誌. 2015; 2:191-197
4)Ryoo I, et al. Neuroradiology 2012; 54:329-334    5)Bartsch T, et al. Brain 2006; 129:2874-2884