症例(MRI) 2021.6月号掲載


70代 男性
主訴:昼頃からの健忘、記銘力低下

下記の画像から想定される疾患はなんでしょうか?

 

 


解答と解説

解答:一過性全健忘

解説

突然発症の一時的な健忘を生じた高齢男性の症例です。
来院時のMRI検査では海馬領域を含め異常所見は指摘できなかったものの(図1)、来院24時間後のMRI検査では拡散強調像で左海馬に点状の高信号域が見られ、FLAIR像でも淡い信号上昇が見られます。ADCmapでは同領域に信号低下が見られます(図3黄矢印)。一過性全健忘として典型的な所見です。

一過性全健忘は突然発症する一時的な純正健忘に対して命名された臨床的概念です。急性発症の健忘が数時間継続し、数時間から1日かけて徐々に改善します。多くは50-70歳の男性に多く、近い過去に関する全健忘や逆行性健忘を伴います。
診断基準は以下のHodges1)のものが知られています
・発作が目撃され、情報が得られること ・明確な前行性健忘が発作中にあること
・意識混濁や事故の見当識障害がなく、認知障害は健忘に限られること
・発作中に神経症候なく発作後に有意な神経徴候を残さないこと
・てんかんの特徴がないこと      ・発作は24時間以内に消失すること。
・頭部外傷や活動性てんかんがある場合は除外

記憶障害は順行性健忘で発作中の記憶はほとんど残らないものの、それ以外の記憶は回復します2)。この症例でも発作時の記憶以外は回復していました。
一過性全健忘の病態はストレスや疼痛などによる海馬領域の緩徐な血流低下によって生じるものと推測されています3)。

画像所見は海馬CA1領域(図4:黄色矢印 白色部分)に拡散強調像で微少な高信号域が出現することが特徴です。
CA1領域は海馬内回路で記憶統合プロセスに関与する部分であり、同部位の障害が健忘の原因とされています。この領域は上海馬動脈と下海馬動脈の分水嶺領域に位置しており、血行力学的な脆弱性により低酸素や代謝異常を来しやすい部位と考えられています3)。
高信号域は発症当日の6時間以内は34%と検出率が低いものの、24-72時間では75%となり時間経過で検出率が高くなる傾向にあります4)。信号は10-14日後から消退傾向で、1年後には所見が消失することが知られています5)。
本症例でも発症直後のMRI検査では所見がみられないものの(図1)、24時間後のMRI検査では海馬領域に拡散強調像で高信号域が出現しています(図2)。1ヶ月後のMRI検査では同所見は消失(図5)しており一過性全健忘の経過として矛盾しませんでした。

症例のポイント

①意識清明な急性の健忘発作
②拡散強調像での海馬領域の微少高信号
③高信号域は症状から遅れて(24-72時間後)出現することが多い
④高信号域は経過で消退

典型的な画像所見と経過を呈した一過性全健忘の1例でした。

【参考文献】
1)Hodges JR,Warlow CP. Neurology Neurosurgery Psychiatry. 1990; 53:834-843
2) 吉田智子ら. 多根医学会雑誌. 2016; 5:61-65     3)水間啓太ら. 昭和学士会雑誌. 2015; 2:191-197
4)Ryoo I, et al. Neuroradiology 2012; 54:329-334    5)Bartsch T, et al. Brain 2006; 129:2874-2884